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2012年5月

大丹波ヘリポート到着 だからなんなの?

2012年05月19日 土曜日

良い天気の日は自転車で山に行きたい。
今日は天気も良いし、行ったことが無い新たな行き先もネットで発見。

大丹波ヘリポート

奥多摩町、青梅街道の川井の駅あたりから右折して北に登って行くらしい。
青梅より先の青梅街道は、単に奥多摩へと通過するばかりで、左右に何があるのか今まで知らなかったので、大丹波という地名も新鮮。
初めての道なので念のためマウンテンバイクの方を選択して、とりあえず、行ってみよう。

奥多摩へ向かうには、自宅国立からだと多摩サイ終点の羽村から奥多摩街道に入って青梅を目指すルートが正解なのだが、今日は少々考え事をしながら走っていたら、睦橋を渡って武蔵五日市駅に向かい、気がついたら檜原街道を檜原村方面に走っていた。

慣れというのは恐ろしいもので、確かにこのルートも、本来行くべき青梅街道も奥多摩湖に向かうというのは同じなので、どうも勘違いをしてしまっていた。

「このまま、風張峠を越えて奥多摩湖をグルッと回って逆方面から川井に行くって?ありえねーよ!」

と自分に文句を言いつつ、なんとかここから青梅へ回る方法を考えました。

武蔵五日市駅までもどって秋川街道を行って二つ塚峠をこえて青梅へという手もあるけど、川井に行くなら、その手前を左折して梅が谷峠を越えて行った方が少々近いかも。

いずれにせ、どこかの峠を越す必要があるのだ。

結局、梅が谷峠(標高312mだった)経由で、青梅街道に合流。

なんとか、川井の交差点に到着。ああ疲れた..

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左は多摩川を渡るえらく立派な橋

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奥多摩大橋だったかな?
で、右は青梅線を潜って登り道。今日はこっちに行きます。

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ここから7kmで目的のヘリポートに到着するはず。

右折して、すぐは少々キツい坂だが、その先は緩い登りが続く。
以外に、民家が多いです。このあたりは奥多摩町でも人口密集地帯なのではないだろうか。

途中、自転車乗りのブログで話題の釜飯屋がありましたが、写真を取り忘れました。

この橋を渡ると、人口密集地帯から、キャンプ場密集地帯へと向かいます。

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キャンプ場周辺にあった散策まっぷ

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この道は、大丹波川沿いを走る道であります。
大丹波川は周りを絶壁に囲まれた渓谷を流れます。
けっこう勢い良く流れる清流。

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この渓谷はきっと大丹波川が何万年もかけて削ってできたんだろうね。
すごい絶壁です。

登ってみて解ったが、ここの道は橋を渡ると斜度が一段階づつ確実にアップする。

次のこの橋を渡ると、雰囲気が変わって林道並の斜度になる。

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こんな感じの山岳コースになってきました。

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さらに、また橋が。ここを越えると、常時斜度10%以上という一級品激坂林道となる。

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ここ、ガードレールが無くて断崖絶壁で恐いんですけど...その分景色は良いけど。

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多分、この断崖の下を大丹波川は流れていると思いますが、恐くて下を見られません。

しかし、このあたりは激坂なんだよね。
私のカメラは水準器というのがあって、水平を確認のうえ撮ったのがこれ↓

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カメラは絶対傾いて無いもんね。すごい激坂でしょう!

写真をクリックすると大きくなるので、右下の今登って来た道の方向を見てください、谷底のようでしょう?
でも、これでも自転車が立てられる踊り場を選んで止まって写真撮っているのです。
もっとすごいとこもあったよ。
大雑把に言うとこのあたりは、表和田並かな。きのこ程じゃない。←わかる人にはわかる表現

幸い、マウンテンバイクで来ているので、この程度の坂は私でも登れました。

「いちに!、いちに!」

とペダルを回していると、出し抜けに登場。

ここが「大丹波ヘリポート

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標高は618m。

意外に殺風景ながら、とりあえず目標達成。

しかし、

だからなんなの?」 感、漂いまくり!

もともと、ヘリコプターで輪行する予定は無いし..

だいたい、ヘリポートってぐらいだから、もっと山のてっぺんで見晴らしが良いのかと思ったけど、いまいち景色が開けて無いんだよね。

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だからといって、この先の激坂をさらに進む気力は無い...

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先ほど、「この先行き止まり」の表示があったので、この先行ってもピストン林道であることは間違いない。

でも、激坂を制覇して目的地までたどり着いたので達成感があるので良いのだ。

しかし、しつこく「立入禁止」と書かれているのが興ざめだが、これはつまり、いざヘリコプターが降りてくるときに、ここでバーベキューとかやっていたら甚だ着陸に迷惑なのでそうなっているのだろう。

幸い、ヘリコプターが降りてくる様子も無いので、端っこの方にお邪魔して、座っておにぎりを食べることにしました。

しかし、誰も居ないな~。

こうして林道で一人きりで居る時に限って、見たこともないような色のアゲハ蝶がやって来て、私の周りを飛び回ったり、傍らに止まってこっちを見ていたりするのです。

これが、不思議な事に一度や二度では無い、一人きりの時に限ってやってくるのです。

合理的に考えれば、おにぎりと一緒に持っている私のジュースの香りに惹かれてやって来るのかもしれない。

しかし、私はこれには別の意味があると思っています。

きっと、もう死んでしまった誰かが、蝶に姿を変えて私に会いに来ているんだ。

今日も、アゲハ蝶が現れました。

Just like me. They long to be. Close to you←Close to you by The Carpenters

という歌を思い出しました。

死んだ親父や死んだ友達の事を考えました。

「そうやって見守ってもらえると、心強いよ」

「でも、今日はもう疲れたから帰るよ。また、山で会おう」

本日の走行距離 93.9km

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ほとんど登山だった 八王子城跡

2012年04月30日 月曜日 祝日

戦国時代の終わりを決定づける戦い、天正十八年(1590年)六月二十三日、前田利家、上杉景勝を総大将とする北方軍の総攻撃により1日で落城した八王子城。
これにより北条氏は滅亡。秀吉の天下統一に至った日本史上の一大マイルストーンを記録する史跡。

八王子城跡は結構日本史上重要な史跡なのです。
最近、地元多摩の歴史研究にも興味深々状態の私なので、とりあえず、天気もパッとしないので自転車で行く先は、山はやめにして、八王子城跡を探索に出かけました。

自宅国立から浅川サイクリングロードに乗って、終点高尾から3.5km程で麓の管理棟に到着。

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ここに自転車を置いて、とりあえず、最初に見学に向かったのが御主殿跡であります。
この橋を渡って、

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当時の石垣であるらしい石段を登ると、

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こんな感じの森の中の広場になります。

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この場所に、城主 北条氏照が居住していた建物があったらしい。結構なスペースなので、立派なものだったのだろう。

この御主殿の横には城山川が流れていて、小さな滝がある。

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落城時は、城主の北条氏照は本家の小田原城に籠城していて不在だった。ここには留守を守る武将や婦女子が居たが、迫る敵を前に、この滝の上流で自刃して次々に身を投げ、川を血で赤く染めたと言われている。

横には江戸時代に建てられたらしい、慰霊碑があって、花が授けられていた。

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ここには、北条側の幼児も多く居て、多くの母親が子供を抱いたまま身投げしていった。

その母親の魂が、蜘蛛となってここに住みついたのか、この川にいる蜘蛛は今も子供を抱いているという。

花の横に置かれた風車は、死んだ子供たちを思ってだろうか...

さて、城の本丸の方は、山の上にある、ということで、そちらを探索する前に、管理棟の横にある立体模型を確認。

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なるほど、こんな感じで登って行けば良い訳ね。さっそく行ってみましょう。

こんな感じの山道を登ります。

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道はこんな感じで結構険しい。

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正直言って、登山に関しては不得意科目でありまして、高尾山の一号路並のど素人向けの登山道でないと、私には厳しい。

かなり、ヒーヒー言いながら登って行くとこんな道標が..

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これは「くるわ(曲輪)」の跡地。

曲輪とは、城の防御設備の事。もっとも、城自体は落城時に消失して何も無いので跡地だけです。

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登り道の踊り場のスペースって感じでありますが、ここは山の斜面に人工的に作ったスペースな訳です。

しかし、多摩の歴史の本を読んでいて、「くるわ」が出てきたので、

「八王子城ってのはこんな城の至近距離に遊廓があったの?」

などと、最初勘違いをしておりましたが..

その「くるわ」は「廓」と書きますので違います。←あたりまえだ!

しかし、踊り場となって、一休み。ここまでで、すでに予想をはるかに越える厳しい山道だ。こんなところに遊廓を作っても流行らない...←あたりまえだ!

気合を入れ直して、先に進むが、険しい山道を行けども行けども、まだまだ続く。

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しかし、もはやこれは私にとっては難行苦行だ。お気楽気分で史跡めぐりに来たはずだったのに...時計を持っていないので正確にはわからないが、気持ち的にはもう40分位登ってる感じだよ...

しかし、せっかく来たのだから、上にあるはずの八王子神社までは意地でも行くぞ。

と、頑張って登っていると景色が開けた。

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いやいや、随分と登って来ちゃったね。絶景でありますが、道が開けたら開けたで、今度はちょっと恐いんですけど...

まさに、難行苦行だ、っと下を向きながら登っていると、こんなものが..

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お!なにげに地味ながら頂上の道標。

やった~!これでもう登りは終わりだ。

上を見ると石段の先に八王子神社が...

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しかし、この石段、超急角度の上に石の幅が異常に狭いし、手すりも無いし、登るのが滅茶苦茶恐い。

あのね、手すりぐらい付けてくれないと..こういう物に安全基準というのは無いのかね、まったく。

でも、まだ登る方がまだマシで。後で降りるときは超恐かった。周りに見ている人がいない事を確認して、階段にへばり付くようにして降りたもんね。

八王子神社に到着。

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しかし、八王子神社と言っても、このショボい←失礼 社があるだけなんだよね。難行苦行の末にたどり着いた割にはご利益薄そう。

だいたい、八王子にあるから八王子神社ってネーミングが手抜きだ..と思います?

実はそれは間違いで、八王子の名はこのショボい←失礼 神社の名の方がオリジナルなのであります。

八王子の名前の由来を超簡略して言いますと、この城が出来るはるか500年以上前に、ある坊さんが山を歩いていたら、八人の王子に出会った、という話があって、そこでそれを祭った神社が出来た。それを知った北条氏照が八王子城を築城する際に、この神社を城の鎮守として、山頂に移設した。

八王子城の名前も八王子市の市名も、全部ここがオリジナルなのであります。

ちなみに、今あるこの社は、落城からずっと後の江戸時代に建造されたものらしい。

しかし、詳細はわからないが、八人も王子がいたら跡目争いが大変だよな。←余計なお世話!

落城時、城主の氏照は小田原に居たため、八王子城籠城メンバーのトップは横地監物という家老。

彼は、落城の際に最後に手勢の数人を引き連れ、この城を脱出。檜原村まで逃げた所で、もはやこれまでと自害した。

神社の横にあるこの小さな社は横地監物が死んだ檜原の地にもともとあった慰霊の社。もともとあった場所が奥多摩湖建設で、ダムの底に沈んでしまう事になったためにこの地に移設したそうです。

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この神社の横にあるのが、松木曲輪。ここは眺めが良いので人気スポットのようです。

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しかし、みんなよくここまで平気な顔して登ってくるよな..中には「山ガール」ならね「山グランドマザー」級の方々も沢山いるのに。

山登りに関しては私が一番素人のようです。

しかし、だよ。実はここで終わりではない。このさらに上に本丸があるのであります。

もうちょっとなので、せっかくだから、そこまで登ろうと思うが、この先がまたさらに険しい。

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難行苦行は続くが、がんばって登ってやっと本丸跡に到着。

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登ってみると、大したスペースは無いので、本丸と言っても大した建物は無かったんじゃないだろうか。

しかし、総括してみますと、

単なる山です。

史跡見学ではなくて登山です。

御主殿はともかくとしても、各曲輪のスペースを合わせて考えても、千人以上が籠城していたというのは、そうとう人がぎゅうぎゅう詰め状態だったのだろうと思います。

攻める側の軍勢は1万にもおよぶと言われているので、これは私が登って来た登山道を全員が行ったのでは待ち行列で、登るだけで1日で終わらなくなってしまう。

恐らく、兵士達は道無き道の断崖絶壁を一斉によじ登って行ったと考えられます。

当時の兵士達の気合とは程遠いへろへろ根性の私の方は、登ったは良いが、また降るのが死ぬほど大変だったのであります。

最後は膝が笑ってよたよたで降りてきました。

ようやく降りて、管理棟のベンチでウダーとなって休んでいると、案内板の前には人だかり。

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「あのね、お気楽気分で行くとひどい目に合うよ」と言ってやりたい気もしたけどやめた。

しかし、帰りの自転車は快調!やっぱり登山と自転車は使う筋肉が違うらしい。

本日の走行距離 40.1km

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