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もう一方の野川の源を探索する

2012年03月03日 土曜日

前回、野川サイクリングロードを意地と気迫で完走した訳ですが、ドブのようになった野川のさらに遡るとどこに行くのか気になる訳です。

前回の終点近くに地図があって、それを見ると、野川の源流は実は二方向から合流している事がわかります。
一方は、国分寺駅の北口にある日立の研究所の池が源で、これは有名な話。
で、もう一方は、旧武蔵国分寺跡の一部の湧水らしいです。

日立の研究所の方は入れてくれそうに無いので、旧武蔵国分寺跡の方を追求して見ることにしました。

ドブになった野川の分岐先を遠目に見ながら、「多分こっちのほうだろう..」と自転車を走らせていくと、それらしき川を発見。

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脇にこんな立て札があるのでこれに間違いない。

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見た目はドブだが、実は名水百選の水なのだ。

さらに追跡すると、「お鷹のみち」というのになった。

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お鷹のみち、とはなかなか乙なネーミング。
なんだね、その「お鷹さん」ってのは、道の名前に残るくらいだから、さぞかし粋な、おあ姉さんだっただろうね...え、違うの?人の名前じゃ無い?
なんでも、江戸時代将軍様の鷹狩りの場所になっていたのに由来するそうで。
将軍の鷹狩りといやあ、目黒のさんまの噺では目黒かと思ったが。
そういや三鷹の由来も将軍の鷹狩りから来ていたような、さらに足を伸ばしてここまで来てた訳だ。

お鷹のみちは「自転車は降りて通行してください」となっているので素直に降りて押して行くと..ここで源流はさらに2方向に分かれている。

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良く見ると、右方向の流れの方が勢いが良いので、こちらが源流と判断。右折すると。
そこにあったのは「真姿の池」

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wikipediaによると、

847年(承 和14年)、当時絶世の美女と謡われた玉造小町は、業病とされた皮膚の病に冒され、その容色を失い、治療の効なく変わり果てた己が姿に、「御仏の慈悲にす がっても」と意を決し、小町は当地の国分寺を訪れ、薬師如来にぬかづいて一心に祈り続けたところ、三×七=二十一日目に一人の童子が忽然と現われ、小町を とある池の畔に誘い、「この池水にて身を洗うべし」そういいおいて童子は姿を消してしまうが、藁にもすがる想いで小町がいわれたとおりにしたところが、七 日にして、元の美しい姿を取り戻した。

なるほど、その玉造小町のニックネームが「お鷹さん」←ちがいます!

しかし、業病とされた皮膚の病というのはアトピー性皮膚炎だろうね。私は自転車に乗って奇跡的に完治するまで散々悩まされたから良くわかるよ...←神話のはなしですが..

このあたりが、真姿の池湧水群ということで、この水が名水百選なので、近くの人がペットボトルで汲みに来ています。

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先ほどの分岐点に戻って、直進方向へ向かうとその先に、現在の「武蔵国分寺」があります。
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へ~、武蔵国分寺って史跡跡だけじゃ無く今でもあるんだ。

そもそもオリジナルの武蔵国分寺は聖武天皇の詔により建造された、日本各地の国分寺の中でも日本最大の寺院だったそうで、それがその600年後、1333年分倍河原の戦いの際、敗走する新田義貞の手により、火が掛けられ消失。

しかし、新田って野郎も野暮な野郎だね!日本最大の寺院だよ。これがその後そのまま残ってりゃ、このあたりも結構な観光地としていけてただろうに。

現在の国分寺にある、
薬師堂に続く仁王門。

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その先の薬師堂



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この薬師堂は、一旦敗走後、
再起して最終的には勝ちを収めた新田義貞が罪滅ぼしのつもりか、建てたものということです。

しかし、ケチな野郎だよね。この堂だけかよ、ちゃんと現状復帰させろよな~。

で、その
新田義貞の愛人が「お鷹さん」←ちがいます

本日の
走行距離 49.8km

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聖武天皇の詔により建造された旧武蔵国分寺は当時日本最大の寺院であったが、1333年分倍河原の戦いの際、敗走する新田義貞の手ににより消失。その後、再起して勝ちを収めた新田義貞より再建された薬師堂を中心として造られたのが現在の武蔵国分寺。... [続きを読む]

受信: 2012年3月 6日 (火) 10時54分

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