« 上野ドゥービーズ ライブ | トップページ | 飯能市民球場 »

あの世の道 探索 林道桧山路線

2010年07月04日 日曜日
前に書いた「再び あの世の道」の際に林道桧山路線と林道北大久野線が交わった先にある山の切り通しの様な部分が、桧山路線の続きで、ここが「間坂峠」で、同時にあの平将門が往来したと言われる「将門坂」の可能性が高い、という話を書きました。

で、本日はそれを解明すべく、再び林道桧山路線に向かいます。あの超激坂の切り通しを登ってその先に何があるのかを見てきます。それで、この切り通しの部分が「間坂峠」であることを確認することができれば、同時にこの坂が「将門坂」であることの証明にもなります。

マウンテンバイクxtc4に乗り、毎度お馴染みとなったルート、国立の自宅から国立→多摩サイ→睦橋→睦橋通り、と走って、武蔵五日市駅に到着。

Photoここを右折して今日は梅ヶ谷峠に向かう道に左折、しばらく登って左折、山の中へ、「林道桧山路線」に向かいます。

Photo_2

林道の入り口に到着、先を進みます。すると、あの、妙に真っ白な「あの世の道」が現れた。

2

この道をなぜ、私が「あの世の道」と呼ぶかは過去の記事、林道 北大久野線 あの世の道を参照してください。

この写真で見ても舗装路が終わった後も、あの切り通しの部分にシームレスにつながっているように見えるよね。やっぱりあの切り通しが林道桧山路線の続きであることは間違いない。

しかし、目の前まで近づいて見るとこんな感じです。

Photo_3

道というより、壁って感じです。

これ、手前を横に走る舗装路の「林道 北大久野線」を増設した際に道幅の分だけさらに削ったから余計斜度が増したんだろうな。もしこれが将門坂としたら、台無しだね。

↑訂正します。その後よく考えたら、道幅の分だけ削ったのではなく、外にせり出したという方が通常の工法の様に思える。その分斜度が増したのは先の方でなく、手前側の白い舗装路「あの世の道」の方だと思う。したがってこの部分の将門坂の斜度は昔からこの激坂だったということになる。

さて、ここからが本題、以前に書いた様にこの斜度では中国雑技団級のテクニックでもここをマウンテンバイクで登ることは不可能。しかたがないので自転車はここに置いて、徒歩で登ります。この先にちゃんと道があるのか?さらには間坂峠を示す何かがあるか?

よじ登って、峠の位置まで来ました。

3

なにも無いけど先には一応道らしき気配はある。峠を越えると

4

うーん、一応、というか確かに道が続いています。これは確かに道です。多分人の往来がほとんど無いために草で被われているが..

途中、倒木が行くてを阻む場面も

9

さらに坂を下ると、歴史探索にふさわしくない、ダンプカーの作業場が登場

5

これはそろそろ抜けるな、と思ったところ、予想通りつるつる温泉の道に抜けた。↓は抜けた箇所を逆から撮ったものです。

7

しかし、ここで朽ち果てた看板を発見!

6_2

画像をクリックすれば大きくなるのでわかると思うけど、「多摩ハイキングトレイル」と書いてあって、その下に

間坂峠

の文字が確かにある!

マサカあの道が!←って間坂峠に掛けたシャレなんだけど前回も使ったしな..

正直、実はまったく予想通りだったのでそれほど感動はしなかったけど、これであの切り通しが

将門坂

であることの確証が得られた訳だ!

なにしろ死んだ親父が言ってた話じゃ平将門は私の先祖って話だからな。←まるでアテにならない話だけど..

再び徒歩で「間坂峠」に戻って、峠から逆方向に「将門坂」を見ると

10

写真で見ると、あの世の道が光って見える。

将門殿、ここであなたにお会いできましたね

この後、北大久野線を2.4km程登っていつも行くホオバ林道の牧場に寄って帰りました。

帰りにみやび工房で、ビールのおつまみに大多摩ハムのソーセージとベーコンをお土産に購入。

Photo_4

で、我が先祖を想いつつ、ビールをいただいております。

Dscf2225

本日の走行距離 68.7km

-tag------------
間坂峠(将門坂)
林道北大久野線(台沢線)

 

|

« 上野ドゥービーズ ライブ | トップページ | 飯能市民球場 »

自転車」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1482710/39211665

この記事へのトラックバック一覧です: あの世の道 探索 林道桧山路線:

« 上野ドゥービーズ ライブ | トップページ | 飯能市民球場 »